はじめに
障害福祉サービス事業者にとって、「指定の取り消し」や「効力の一部・全部停止」は、その運営に重大な影響をおよぼす措置です。
障害者総合支援法第50条では、特定の条件を満たした場合、都道府県知事がこれらの処分を行うことができると規定されています。
しかし、これらの処分には具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
本記事では、「指定の取り消し」と「効力の一部・全部停止」の意味や違いについて詳しく解説し、それぞれが課される理由やその後の影響についても触れていきます。
指定の取り消しと効力の一部・全部停止の違いは?
障害者総合支援法の第50条を見てみると、「都道府県知事は、指定の取り消し、効力の全部または一部の停止ができる」と書かれています。
(指定の取消し等)
第五十条 都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、当該指定障害福祉サービス事業者に係る第二十九条第一項の指定を取り消し、又は期間を定めてその指定の全部若しくは一部の効力を停止することができる。以下省略
では、これらはそれぞれ何が違うのでしょうか。
◯指定の取り消し
文字通り、事業所としての指定そのものを完全に取り消す処分です。
指定が取り消されると、障害福祉事業所としてサービスを提供する資格を失います。
後述しますが、重大な法令違反がある場合や、運営が不適切で改善が見込めない程の場合、利用やの生活や安全に深刻な影響がある場合などに受ける可能性がある、最も重い処分です。
◯指定の効力の停止
指定自体を取り消すのではなく、一時的に障害福祉事業所としてサービスを提供する資格を止める処分です。
効力の全部、つまりサービス提供等の全てを停止する処分と、
効力の一部、例えば新規利用者の受け入れを禁止するなど部分的に停止する処分の2つがあります。
法令違反があるものの改善の余地がある場合や、一時的なペナルティが適切と判断された場合などに受ける可能性がある処分です。
指定の取り消しや効力の停止になる理由は?
指定の取り消しと効力の停止は、事業の運営が制限される期間や範囲に違いがあることがわかりました。
では次に、具体的にどんな時に指定の取り消しや効力の停止となるか見てみましょう。
先ほども参照した障害者総合支援法の第50条で挙げられている、1~13までのどれかに該当する場合、都道府県知事は指定の取り消しや効力の停止ができるとあります。
厚労省の資料によると、指定の取り消しや効力の停止の理由として多いものは次のようになっています。(令和元年度)
◯指定の取り消し
◯指定の効力の停止
障害保健福祉関係主管課長会議資料(令和3年3月12日(金))より引用(P18,19)
共通して圧倒的に多いのは不正請求で、これは第50条の6に該当します。
不正請求のリスクや対応策については別記事でも解説していますので、
詳しく知りたい方はぜひご覧ください。
取り消しの理由としては2番目、効力の停止としては3番目に多いのが
人員基準違反です。
訪問介護員が常勤換算で2.5人を配置できていない、サービス管理責任者が辞めたことを届出せずにいた、常勤の看護師が必要なのに非常勤だった等、
障害福祉サービスを提供する上で決められたスタッフを配置できていないことは人員基準違反(第50条の4)に該当します。
また、行政から監査の際などに求められた書類の提出や報告を行わなかったり、ウソの報告をした場合は虚偽報告(第50条の7)に該当しますが、これも主な処分の理由の一つになっています。
指定の取り消しや効力の停止に至るまでの流れ
指定の取り消しや効力の停止は、行政処分としてはかなり重いものなので
簡単に行われるものではありません。
具体的には以下のような段階を経て、最終的に処分に至ります。
1 指導の実施
行政が集団指導や実地指導で事業者の運営状況を確認。
問題が見つかれば改善を指導。
2 改善勧告
指導後も改善が不十分な場合、勧告を行い改善報告書の提出を求める。
3 改善命令
勧告を守らない場合に命令を発出。
4 監査
度重なる指導を行っても改善が行われない場合や、重大な問題が疑われる場合に移行
5 聴聞・弁明の機会の付与
指定の取り消しが予定される場合:聴聞
指定の効力の停止が予定される場合:弁明の機会の付与
6 処分
必要に応じて行政処分(指定の取り消し・指定の効力の一部または全部停止)
参考:(参考)指定障がい福祉サービス事業者等に対する指導及び監査フロー図 大阪府
ポイントとしては、定期的に行われる運営指導(実地指導)で違反などが発覚、または疑われてから、いきなり指定の取り消しや効力の停止に至ることは無いということです。
行政からの改善勧告や命令に従わず、決められた期限までに報告をしなかったり改善されないような場合に監査へ移行。
その後、聴聞や弁明の機会の付与と呼ばれる手続きを経て、それでも指定の取り消しや効力の停止の必要があると判断された時に処分となります。
なお、聴聞や弁明の機会の付与は、事業所側に意見を述べたり反論したりする機会を保証するための手続きで、行政手続法にもとづいて行われます。
(行政手続法(平成五年法律第八十八号)聴聞:第15~28条、弁明の機会の付与:第29~31条)
違反の重大さや、影響を与える範囲なども考慮されて最終的な判断に至るわけですが、
兎にも角にも、行政からの勧告や命令に従わない、ウソをつく、誤魔化すことが一番やってはいけないことです。
違反行為がわざとであっても、単に知らなかっただけであっても、違反を認めて受け入れる姿勢が
指定の取り消しや効力の停止を回避するために必要なことの一つだとご認識いただけると幸いです。
もし指定取り消しや効力の停止の処分をされたらどうなる?
事業者の皆様を脅す意図は無いのですが、万が一指定の取り消しや効力の停止に至ってしまった場合、
業務ができなくなること以外に起こることを知っておきましょう。
◯指定の取り消し
・指定を取り消されたあと、5年間は障害福祉事業者の指定を受けられない
→これはいわゆる欠格事由に該当することになるためです。
障害者総合支援法の第36条で欠格事由が挙げられていますが、対象者は法人の代表者だけでなく、取締役などの役員や事業所の管理者までなので、
これらの人が新たに障害福祉事業所を立ち上げようとしても、指定取り消しの日から5年経過していなければ指定は下りません。
また、親会社やグループ会社、実質的な支配者(大株主やオーナー等)の中に、指定を取り消されてから5年経過していない人がいる場合も欠格事由に該当します。
つまり指定取り消しを受けた場合、親会社やグループ会社などへ事業を移行することも認められません。
・不正に得た報酬を返還しなくてはならない
→指定の取り消しの原因が不正請求だった場合、それによって得た報酬(介護給付費)を返す必要が生じます。
・従業員や利用者への賠償責任が生じる
→指定の取り消しを受けたことで従業員や利用者が不利益を被った場合、賠償責任が発生する可能性があります。
・刑法にもとづく処罰を受ける場合がある
→利用者への虐待や暴力行為が原因で指定の取り消しとなった場合、
暴行罪や傷害罪、性的虐待であれば強制わいせつ罪による処罰を受ける可能性があります。
◯指定の効力の停止
・事業の再開が困難になる
→業務の一部・全部が停止されると、停止期間中に利用者や従業員が離れていくことが考えられます。
また、指定の効力の停止についても内容を公表されるため、事業所の評判が落ちて新規の利用者や従業員の獲得がかなり難しくなる可能性が高いです。
指定取り消しや効力の停止を回避するためには
「指定の取り消し」や「効力の一部・全部停止」は、事業者にとって大きな不安やプレッシャーを感じる処分です。
ですが、これらの処分に至るまでには、必ず行政からの指導や改善のための機会が与えられます。
重要なのは、違反が指摘された際に誠実に対応し、改善を進める姿勢です。
日々の運営で不安なことや問題がある場合は、専門家へ相談することもご検討いただければ幸いです。