介護・障害福祉事業者が注意すべき不正請求のリスクと対応策

はじめに

介護・障害福祉事業者の皆様は、日々利用者の方へサービスを提供した実績に基づいて

国保連へ毎月報酬請求をされていると思います。

 

そんな事業者の方であれば一度は耳にしたことがあるかもしれないのですが、

法令や指定基準などに違反し、かつそれを偽って介護報酬を請求することを不正請求といいます。

 

残念ながら、不正だと知りながら架空請求や水増し請求をして

指定取り消し処分等を受ける事業者は一定数存在します。

 

また、これは介護保険や障害福祉の制度の複雑さも原因と考えられますが

知識不足であったり、勘違いによって結果的に不正請求をしてしまっていたなんてことも少なくないかもしれません。

 

では不正請求をした場合、事業者には具体的にどんなことが起こるのでしょうか。

 

不正請求になってしまうケース例

まずはどんな場合に不正請求となるのか確認しましょう。

 

ケース1:実際にはサービスを提供していないのに、サービスを提供したように装って請求

例)居宅介護で、利用者宅へ訪問してサービスをしていないのに、サービス提供実績を付けて請求した

 

ケース2:一定の人員基準を満たさないと取れない加算を、人員不足にもかかわらず、基準を満たしていると装って請求

例)常勤看護職員等加配加算Ⅰでは常勤の看護師を1人配置しなければいけないところ、実際に勤務しているのは非常勤の看護師だったが

勤務表などを書き換えて常勤ということにして請求した

 

ケース3:サービスの所要時間によって単位数が決められている場合に、実際にサービス提供した時間に対応する単位数以上の単位数で請求

例)重度訪問介護で、実際に利用者宅でサービス提供をしたのは1時間未満(186単位)だったが、サービス提供実績記録には1時間20分だったと記載し、1時間以上1時間半未満(277単位)で請求した

 

ケース4:人員基準を満たさない状態が続くと減算になる場合に、本来は減算が適用されるにもかかわらず基準を満たしていると装って通常の報酬を請求

例)共同生活援助でサービス管理責任者が退職して数ヶ月経ったので、本来であれば30%の減算になるところ、役所へ届出をせず100%の基本報酬で請求した

 

不正が発覚するプロセス

 

実地指導(運営指導)で確認した書類の矛盾や職員からの聞き取り、利用者や関係者からの相談・苦情、

国保連への請求データの分析で出た特異な傾向などをきっかけに

指定権者や保険者から不正請求を指摘されたり、疑いを持たれることがあります。

すると指定権者や保険者は事実関係を確認し、不正請求かどうかを調べることになります。

 

いわゆる監査が入るということです。

監査では、事業所の職員などを役所へ呼び出したり、関係者への聞き取りや事業所への立ち入り等が行われますが

これは介護保険法や障害者総合支援法に基づく指定権者等の権限です。

 

◯介護保険法

第七十六条 都道府県知事又は市町村長は、居宅介護サービス費の支給に関して必要があると認めるときは、指定居宅サービス事業者若しくは指定居宅サービス事業者であった者若しくは当該指定に係る事業所の従業者であった者(以下この項において「指定居宅サービス事業者であった者等」という。)に対し、報告若しくは帳簿書類の提出若しくは提示を命じ、指定居宅サービス事業者若しくは当該指定に係る事業所の従業者若しくは指定居宅サービス事業者であった者等に対し出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ、若しくは当該指定居宅サービス事業者の当該指定に係る事業所、事務所その他指定居宅サービスの事業に関係のある場所に立ち入り、その設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる

 

◯障害者総合支援法

第四十八条 都道府県知事又は市町村長は、必要があると認めるときは、指定障害福祉サービス事業者若しくは指定障害福祉サービス事業者であった者若しくは当該指定に係るサービス事業所の従業者であった者(以下この項において「指定障害福祉サービス事業者であった者等」という。)に対し、報告若しくは帳簿書類その他の物件の提出若しくは提示を命じ、指定障害福祉サービス事業者若しくは当該指定に係るサービス事業所の従業者若しくは指定障害福祉サービス事業者であった者等に対し出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ、若しくは当該指定障害福祉サービス事業者の当該指定に係るサービス事業所、事務所その他当該指定障害福祉サービスの事業に関係のある場所に立ち入りその設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる。

 

監査後の流れ

 

監査の結果、不正請求があったと認められると、市町村等は事業者に対して不正利得の返還請求をすることになります。

要は、「事業者は不正をして得た報酬を市町村等へ返すように」と市町村等が事業者へ要求するということですね。

この請求も介護保険法や障害者総合支援法に根拠があります。

しかも、市町村等は事業者に対して、返還するべき金額に40%上乗せした額を請求することもできます。

ただし40%上乗せするかどうかは、最終的に市町村等の判断になります。

不正請求の総額や、単なる間違いなのか悪意のあるものなのか等が加味されるとご認識下さい。

 

◯介護保険法

第二十二条 (1、2項省略)

3市町村は、第四十一条第一項に規定する指定居宅サービス事業者、第四十二条の二第一項に規定する指定地域密着型サービス事業者、第四十六条第一項に規定する指定居宅介護支援事業者、介護保険施設、第五十三条第一項に規定する指定介護予防サービス事業者、第五十四条の二第一項に規定する指定地域密着型介護予防サービス事業者又は第五十八条第一項に規定する指定介護予防支援事業者(以下この項において「指定居宅サービス事業者等」という。)が、偽りその他不正の行為により第四十一条第六項、第四十二条の二第六項、第四十六条第四項、第四十八条第四項、第五十一条の三第四項、第五十三条第四項、第五十四条の二第六項、第五十八条第四項又は第六十一条の三第四項の規定による支払を受けたときは、当該指定居宅サービス事業者等から、その支払った額につき返還させるべき額を徴収するほか、その返還させるべき額に百分の四十を乗じて得た額を徴収することができる。

 

◯障害者総合支援法

第八条 (1項省略)

2市町村等は、第二十九条第二項に規定する指定障害福祉サービス事業者等、第五十一条の十四第一項に規定する指定一般相談支援事業者、第五十一条の十七第一項第一号に規定する指定特定相談支援事業者又は第五十四条第二項に規定する指定自立支援医療機関(以下この項において「事業者等」という。)が、偽りその他不正の行為により介護給付費、訓練等給付費、特定障害者特別給付費、地域相談支援給付費、計画相談支援給付費、自立支援医療費又は療養介護医療費の支給を受けたときは、当該事業者等に対し、その支払った額につき返還させるほか、その返還させる額に百分の四十を乗じて得た額を支払わせることができる。

 

過誤調整になる場合

ただし、必ずしもすべてのケースで返還が必要になるとは限りません。

監査の結果、不正ではないという判断に至ることももちろん有り得るからです。

 

自治体が不正請求と認定せず、事業者が誤りのあった請求を取り下げ

改めて正しい請求を行うよう指導するにとどまる場合のことを、一般的に過誤調整と呼びます。

 

なお、これは自治体が事業者へ命じるものではなく、あくまでも事業者が保険者や国保連と自主的に調整をするように指導するものなので

過誤調整をしなかったからといって、後から「これは不正請求だったから返還しなさい!」と命令されることはありません。

 

返還請求に対する支払い

 

不正請求と認定されて返還請求に至った場合、基本的に事業者は一括で返済が必要です。

 

もし一括返済が難しい場合、自治体との交渉・調整を行うことで

分割など他の返済方法を取れる可能性もあります。

 

ただそのような場合は闇雲に自治体へ要望を伝えるのではなく、弁護士などの専門家に相談し交渉していただくのがベターだと思います。

 

ちなみに、返還請求と、将来的に発生する毎月の介護報酬との相殺はできない可能性が高いです。

理由としては、返還請求はいわゆる「徴収金」なのですが

徴収金は地方税法において以下のように定められています。

(地方税に関する相殺)
第二十条の九 地方団体の徴収金と地方団体に対する債権で金銭の給付を目的とするものとは、法律の別段の規定によらなければ、相殺することができない。

地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)

介護保険法や障害者総合支援法には、徴収金が相殺できるという規定が無いため、介護報酬との相殺は難しいと考えます。

 

返済を滞納した場合

 

返還請求に対して期日までに返済をしなかった場合、滞納処分が行われます。

 

滞納処分とは、滞納している本人の意思にかかわらず、滞納となっている税金や社会保険料等を強制的に徴収するために

その人の財産を差し押さえたりすること等によって、滞納している税金等にあてる一連の強制徴収手続きのことです。

 

民間の借金等は、裁判等の一定の手順を踏まなければ強制的に徴収することができません。

ですが、国の財政基盤を構成するような税金・社会保険料等は

地方自治法や地方税法を根拠として、裁判等をせずに行政が強制的に徴収することができます。

 

介護・障害福祉事業者の収入源である介護報酬は、税金と介護保険が財源(障害福祉は税金のみ)なので、

税金や社会保険料等と同じように強制徴収手続きが取られるということですね。

 

決して脅すつもりはないのですが、万が一わざとでなくとも不正請求をしてしまい

行政から返還請求が来た場合は、必ず納付期限までに支払う、または支払いに関する相談は早急にされるようお願いいたします。

 

適切な報酬請求を行うためのポイント

不正請求を行ってしまわないために、特に管理者や経営層の方に注意していただきたいポイントは下記のとおりです。

 

◯職員の研修・教育の徹底

報酬請求に関与する職員全員に対して、正しい請求方法や法令遵守に関する研修を定期的に実施しましょう。

知識不足や誤解による不正請求を防ぐために、職員一人ひとりが最新の制度や基準を理解していることが大切です。

外部で開催されるオンラインセミナーなども活用していただくのもおすすめです。

また利用者やご家族からサービスに対する質問を受けた時に、全員が同じ回答をできるようによくある質問への回答をまとめておく等、利用者・ご家族と職員、事業者の間で認識の相違が生じないようにする工夫も必要です。

 

◯内部チェック体制の強化

請求業務において、複数の担当者によるダブルチェックや、外部からのチェックを定期的に受けることが不正請求を防ぐ有効な手段です。

請求業務の担当者が変わっても正しい確認ができるよう、チェックリストの作成などもおすすめです。

 

◯諸記録の適切な管理

不正が発覚した場合、記録の不備が疑われることがあります。

次のような各種書類を適切に保管し、いつでも確認できる状態にしておきましょう。

・個別サービス計画書やサービス提供実績記録票など

・介護報酬請求に関する記録

・職員の勤務状況(出勤簿、タイムカード、シフト表等)

・重要事項説明書、契約書

など

 

◯自治体や専門家への相談

請求に関して疑問が生じた場合や、複雑なケースに対して不安がある場合は、自治体の窓口や専門家(税理士、弁護士など)に相談することが重要です。

早期に専門家の意見を取り入れることで、誤った請求や不正請求のリスクを回避できます。

 

さいごに

不正請求は、意図的か単なる誤りかにかかわらず、事業者に大きな影響を及ぼす可能性があります。

事業の停止や返還金の発生に加え、場合によっては大きな経営的打撃を受けることもあります。

ですが、複雑な介護・障害福祉の制度の中で、法令違反を回避するためには正確な知識と適切な対応が必要です。

不正請求のリスクを減らすためにも、日々の業務でコンプライアンスを徹底することが重要捉えていただけると幸いです。

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