介護職に「特定最低賃金」導入?背景や事業者への影響は?

はじめに

令和7年3月の閣議後会見で、厚労大臣から「特定最低賃金」(以下、特定最賃と表記します)制度の導入を検討していることが示されました。

 

現在、処遇改善加算の加算率の見直しや自治体独自の支援策など

介護職の賃上げを目的とした施策はあるものの、依然として介護職の平均賃金は低い水準となっています。

 

さらなる介護職の賃上げが求められる中、導入が検討されている特定最賃。

あまり聞き馴染みのない言葉ですが、どのような制度なのでしょうか。

以下では、特定最賃制度の概要や課題、制度が導入された場合に事業者が受ける影響等を解説します。

 

そもそも「特定最低賃金」とは?

法律上の最低賃金には、現在2つの種類があります。

 

① 地域別最低賃金

② 特定最低賃金

 

① 地域別最低賃金

各都道府県に1つずつ定められているのが地域別最低賃金です。(以下、地域別最賃と表記します。)

一般的に最低賃金と聞いてイメージされるのはこちらかと思います。

例えば、2026年5月現在の東京都の最低賃金は1,163円となっています。

 

対象者

産業や職種に関係なく、各都道府県内の会社で働くすべての労働者とその使用者

 

決まり方

毎年、中央最低賃金審議会というところから都道府県の最低賃金審議会に対して、引上げ額の目安が示されます。

都道府県の最低賃金審議会では、その目安を参考にしながら地域の実情に応じた引き上げ額を審議して決定しています。

 

② 特定最低賃金

特定の産業について設定されている最低賃金で、産業別最低賃金と表現されることもあります。

地域別最賃よりも高い最低賃金を定めることが必要と認められる産業でのみ設定されており、令和6年3月末現在、全国で224件の特定最低賃金が定められています。

 

例えば、北海道の鉄鋼業では特定最賃が1,048円で、地域別最賃(1,010円)よりも38円高く設定されています。

 

対象者

特定の産業の基幹的労働者※と、その使用者に対して適用されます(18歳未満や65歳以上の方等には適用されません。)

※基幹的労働者:その産業特有・主要な業務に就いている労働者のこと

 

決まり方

労使(使用者と労働者)の協議・合意を経たうえで、最低賃金審議会へ申し出を行います。

その申し出に基づいて最低賃金審議会が調査・審議を行い、必要と認められた場合に決定となります。

 

 

現在の介護業界では、地域別最賃だけが適用されています。

そこに「介護という職種に応じた、より高めの最低賃金を導入しよう」というのが今回の検討です。

導入されれば、たとえば「介護職は、地域別最賃よりも高い時給○○○円以上で雇用しないといけない」というルールが生まれます。

 

参考:

厚生労働省 ポイント!最低賃金|最低賃金の種類は?

厚生労働省 ポイント!最低賃金|最低賃金の決め方は?

 

特定最賃の導入における課題は?

介護報酬が上がらないと、特定最賃は経営の重荷に…

介護事業者の収入源は、介護報酬と利用者からの利用料です。

介護報酬は単価が決められているため事業者が自由にサービス料金を変えることができません。

そのため、介護報酬が据え置きのまま特定最賃が導入されれば、その分経営が圧迫されることは明らかです。

 

東商リサーチの調査結果によると、令和6年に倒産した介護事業者は過去最多の172件にのぼりました。

特に訪問介護が約半数を占めており、令和6年度の報酬改定で基本報酬が引き下げられたことも影響していると考えられます。

 

このような状況下で賃金だけ引き上げるとなると、特に小規模事業者は人件費の比率が跳ね上がり、経営が苦しくなる可能性も大いに考えられます

そのため、報酬改定と特定最賃がセットで導入されるのか、今後注目していく必要があるでしょう。

 

参考:介護の倒産過去最多 訪問介護が約半数(東商リサーチ) – 福祉新聞Web

 

労使で決める?でも、介護現場の「労働組合」はどこに…

特定最低賃金は、労働者側と使用者(事業者)側が合意して初めて成立する制度です。

ところが、ここで大きな課題となるのが「介護分野の労働組合の少なさ」です。

実は、介護・福祉業界の労働組合組織率は非常に低く、
民間企業全体の平均(約16%)を大きく下回っています。

特に中小規模の事業所では、「組合が存在しない」、「職員が労働組合というものを知らない」というケースも少なくありません。

これでは、「誰と誰が話し合って、何に合意したのか?」という構図があいまいになってしまいます。

経営者側としては、今後国がどのように「現場の声」を吸い上げる仕組み作りをしていくのか注目しておく必要がありそうです。

 

参考:令和6年労働組合基礎調査の概況

 

さいごに

介護職の特定最賃は、処遇改善の流れとしては歓迎すべきものです。

しかしそれが、報酬改定を伴わなかったり、事業者へ過剰な負担を強いる形で導入されれば、かえって現場を苦しめる結果にも繋がりかねません。

 

経営者としては、制度の動向を知ることや、人件費・働き方のバランスを見直すといった、「変化に備える準備」を、今から少しずつ進めていくことが大切です。