はじめに
「安全配慮義務」と聞くと、一般的には事業者(使用者)が従業員に対して負う義務のイメージが強いかもしれません。
もちろんそれもあるのですが、障害福祉事業者はこれだけではなく、利用者に対する安全配慮義務も負っています。
つまり障害福祉事業者にとっての安全配慮義務は2つあるということです。
では、具体的に安全配慮義務とは何なのでしょうか。違反すると事業者にとってどんな不利益があるのでしょうか。
今回は、安全配慮義務につき、具体例や対策方法も交えて詳しく解説します。
障害福祉事業者にとっての安全配慮義務
1 従業員に対して
従業員に対する安全配慮義務とは、従業員が心身ともに健康であり、安全に業務を行うために事業者が配慮すべき義務を指します。
その根拠は労働契約法の第5条です。
(労働者の安全への配慮)
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
必要な配慮で分かりやすいものとしては、従業員へ健康診断を受けさせることです。
これは労働安全衛生法の第66条などで定められている事業者の義務です。
(健康診断)
第六十六条 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断(第六十六条の十第一項に規定する検査を除く。以下この条及び次条において同じ。)を行わなければならない。以下省略
その他に代表的なものは下記です。
・過重労働を避けるための労働時間管理や、休憩時間の確保
・職場での事故や感染症リスクを最小化するための衛生管理
・職員のメンタルヘルスサポート、相談窓口の設置
必要な配慮の範囲は非常に広いので、就業場所や業務の状況などに応じて検討することがポイントです。
2 利用者に対して
利用者に対する安全配慮義務とは、利用者が安全にサービスを受けるために事業者が配慮すべき義務を指します。
障害福祉事業者が守るべ基準のひとつとして運営基準がありますが、ここでいくつか条文を見てみましょう。
◯感染症対策に関する規定
(衛生管理等)
第三十四条 指定居宅介護事業者は、従業者の清潔の保持及び健康状態について、必要な管理を行わなければならない。2 指定居宅介護事業者は、指定居宅介護事業所の設備及び備品等について、衛生的な管理に努めなければならない。
3 指定居宅介護事業者は、当該指定居宅介護事業所において感染症が発生し、又はまん延しないように、次の各号に掲げる措置を講じなければならない。
(以下省略)
◯身体拘束に関する規定
(身体拘束等の禁止)
第三十五条の二 指定居宅介護事業者は、指定居宅介護の提供に当たっては、利用者又は他の利用者の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下「身体拘束等」という。)を行ってはならない。
◯苦情解決に関する規定
(苦情解決)
第三十九条 指定居宅介護事業者は、その提供した指定居宅介護に関する利用者又はその家族からの苦情に迅速かつ適切に対応するために、苦情を受け付けるための窓口を設置する等の必要な措置を講じなければならない。
◯事故対応に関する規定
(事故発生時の対応)
第四十条 指定居宅介護事業者は、利用者に対する指定居宅介護の提供により事故が発生した場合は、都道府県、市町村、当該利用者の家族等に連絡を行うとともに、必要な措置を講じなければならない。
(以下省略)
◯虐待に関する規定
(虐待の防止)
第四十条の二 指定居宅介護事業者は、虐待の発生又はその再発を防止するため、次の各号に掲げる措置を講じなければならない。(以下省略)
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成十八年厚生労働省令第百七十一号)より引用
以上のような条文から、障害福祉事業者には利用者の安全確保に配慮する義務があることが読み取れます。
配慮すべき範囲はこちらも広いので、必ずしもこれらだけ守っていればよいというわけではなく、守るべき最低の基準だと捉えていただけると幸いです。
違反した場合の責任
事業者が上記に挙げたような従業員・利用者に対する配慮を怠ったことにより従業員や利用者の心身の健康が害されると、安全配慮義務違反となります。
では、事業者が安全配慮義務に違反した場合、どんな法的責任を負うのでしょうか。
1 従業員に対する安全配慮義務違反
・損害賠償責任(民事責任)
過重労働などにより従業員が健康を害した場合に、事業者は労働契約上の義務を果たさなかったとして債務不履行責任を問われ、従業員から損害賠償を請求される可能性があります。
・ 労働基準法違反(行政責任・刑事責任)
安全への配慮を行った結果として労働基準法に違反した場合などに、労働基準監督署による是正指導や、罰則を受ける可能性があります。
2 利用者に対する安全配慮義務違反
・損害賠償責任(民事責任)
利用者が事故により被害を受けた場合に、事業者は利用契約上の義務を果たさなかったとして債務不履行責任を問われ、利用者から損害賠償を請求される可能性があります。
また、従業員等からの虐待によって利用者が被害を受けた場合は、不法行為責任として損害賠償責任が問われる可能性があります。
・刑事責任
利用者が死亡または重大な障害を負った場合、刑事責任を問われ、業務上過失致死傷罪が適用されることがあります。
・行政上の責任
障害者総合支援法や基準省令(人員・設備・運営基準)に違反すると、都道府県知事や市町村長による指導、監督が行われ、場合によっては指定取消しなどの行政処分を受ける可能性があります。
安全配慮義務を果たすための具体策
障害福祉事業者が安全配慮義務に対応するためにできることの例は以下のとおりです。
1 従業員に対する対策
・労働環境の整備
過重労働やサービス残業を防ぐため、労働時間や休日を適切に管理しましょう。
・職場環境の整備
感染症や転倒、過重な肉体労働のリスクがないか点検し、必要に応じて対策を行いましょう。
・教育や研修、訓練
感染症対策、事故対応、適切な介助方法など、業務上の安全に関する研修を実施しましょう。
特に感染症や虐待防止に関しては運営基準上研修や訓練の実施が義務付けられているので重要です。
・相談窓口の設置
ストレスマネジメントやカウンセリングの機会を提供するなど、従業員のメンタルヘルスをサポートする体制(相談窓口)を整えましょう。
2 利用者に対する対策
・安全な施設、設備の提供
施設のバリアフリー化や、設備の定期的な点検・修理を行い事故が起こらない施設づくりに努めましょう。
・個別支援の徹底
利用者一人ひとりの特性やニーズに応じた個別支援計画を作成し、安全を確保しましょう。
・緊急対応の準備
転倒や急病などの緊急事態に備え、具体的な手順を示す事故対応マニュアルを作成しましょう。
従業員に対して日頃から緊急時に対応するための訓練を行うことも重要です。
さいごに
障害福祉事業者には、従業員と利用者それぞれに対する「安全配慮義務」が課せられています。
従業員に対しては、労働契約法に基づき、適切な労働時間管理や職場環境の整備、健康診断の実施などが必要です。
一方、利用者に対しては、感染症対策や設備の安全確保、虐待防止、事故対応などが求められ、法令に基づく最低基準を満たす必要があります。
これらを怠ると、民事・刑事責任や行政処分を受ける可能性があることはお分かりいただけたでしょうか。
事業所・施設の環境や労働状況、利用者の障害特性により必要な配慮が変わってきますので、
様々な角度から貴事業所において必要な対策をご検討いただければと思います。