介護・障害福祉事業者は医療行為ができる?

はじめに

介護や障害福祉の現場では、日常的に医療的なケアが必要となることが多くあります。

たとえば、痰の吸引や経管栄養、インスリン注射の補助など、命にかかわるケアが必要な利用者も少なくありません。

しかし、介護職員や福祉職員がどこまで医療行為を行えるかには法律で厳しい制限があります。

この記事では、医療行為が介護・福祉現場でどのように扱われているか、万が一違法な医療行為ををした場合に事業者や介護職員が負うリスク、そしてリスクを回避するための対策について解説します。

 

介護・障害福祉事業者は医療行為ができる?

原則、介護・障害福祉の現場の介護職員は、医療行為をすることはできません。

医師や看護師などの資格を持つ医療従事者以外が医療行為を業として行うことは、法律で禁止されているためです。

その根拠は医師法です。

 第17条 医師でなければ、医業をなしてはならない。

 第31 条 次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
    一 第17条の規定に違反した者

 

「医業」については、平成17年の厚労省の通知において法的な解釈が明らかにされています。

 

ここにいう「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うこと

引用元:医師法第 17 条、歯科医師法第 17 条及び保健師助産師看護師法第 31 条の解釈について(通知)(平成 17 年 7 月 26 日 医政発第 0726005 号)

 

 

簡単に言うと、医師でないと危なくてできない仕事(=医療行為)を医師が繰り返してすることが医業だということです。

なので自分でインスリン注射を打ったり、ケガの応急処置(反復継続しない、医学的な判断や技術がいらない場合)は、医業にはあたりません。

 

一方、介護や障害福祉の現場ではそのサービスの性質上、医療行為が必要な利用者も多く、継続的に処置が必要な場合も多いはずです。

また医療行為と言っても、小さな傷の処置から注射、点滴、手術室で行うような処置まで、無数にあります。

介護職員はそのすべてを禁止されていて、やってしまったら法律違反なのかというと、もちろんそうではありません。

 

もしこの世のすべての医療行為が医師や看護師しかできないとしたら、それはそれは大変な人手不足になってしまいます。

実際に介護や障害福祉の現場から、介護職員による医療行為の必要性を訴える声が多く上がったために法律が改正され、一部の医療行為を一定の条件のもとで介護職員が行えるようになった経緯があります。

 

どんな行為なら介護職員がやってもいい?

 

では介護職員は、どのような行為であれば法律に違反せずできるのでしょうか。

それは大きく2種類あります。

1つは、そもそも医療行為ではないので違反ではないこと

2つは、医療行為ではあるが、介護職員が特別な研修や認定を受ければ違反ではないこと

 

それぞれ詳しく見ていきましょう。

 

そもそも医療行為ではないので違反ではないこと

 

厚労省の通知で以下のような具体例が示されています。

 

・体温計測

・自動血圧測定器での血圧測定

・パルスオキシメータの装着

 ※新生児以外かつ入院治療の必要がない方に対して

・軽微な切り傷、擦り傷、やけど等に対する処置

 ※汚れたガーゼの交換を含む

・皮膚への軟膏の塗布、湿布の貼付

・点眼、内用薬の内服、坐薬挿入、鼻腔粘膜への薬剤噴霧(点鼻薬等)

・爪切り、耳垢の除去

・ストマ装具のパウチにたまった排泄物を捨てること

・自己導尿を補助するためのカテーテルの準備、体位の保持

・市販の浣腸器を使用した浣腸

・インスリン注射の準備、片付け

・血糖値の確認

・経管栄養の準備(注入行為を除く)、片付け

・とろみ食をふくむ食事の介助

・入れ歯の着脱や洗浄

・一時的に外れてしまった酸素マスクや経鼻カニューレを元の位置に戻す

上記は分かりやすくするために言葉を省略しているため、詳細は以下の厚労省の通知文をご確認下さい。

 

平成 17 年 7 月 26 日通知(医政発第 0726005 号)

令和 4 年 12 月 1 日通知(医政発 1201 第 4 号) 

 

注意点

これらは原則として医療行為ではないと考えられるものですが、病状が不安定であること等により専門的な管理が必要な場合には、医療行為にもなり得ます。

そのためサービス担当者会議の時などに、専門的な管理が必要な状態ではないかを医師や看護師等へ確認をお願いします。

 

また、体温計測や血圧、パルスオキシメータなどの数値から、薬などの投与が必要かなどを介護職員が判断することは

医療行為に該当するため禁止されています。

異常値がでた場合は医師や看護師に報告すべきだからです。

 

 

医療行為ではあるが、介護職員が特別な研修や認定を受ければ違反ではないこと

法律的には医療行為であるものの、一定の条件下であれば介護職員が行ってもよいとされているのが喀痰吸引等です。

喀痰吸引等とは以下のような処置です。

◯たんの吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)

◯経管栄養(胃ろう、腸ろう、経鼻経管栄養)

 

また一定の条件とは次の3つです。

どれか一つでも欠けた状態で喀痰吸引等をした場合、医師法等に違反してしまうことになります。

 

① 介護職員が喀痰吸引等研修を受けていること

② 介護職員が都道府県から認定を受けていること

③ 介護職員が所属する事業者が、都道府県に事業者登録をしていること

 

この条件をクリアするためには、介護職員が研修を受けることはもちろん、自治体への申請等の手続きが必要です。

手続きなどについて詳細が知りたい方はこちらの記事を参考にされてみてください。

 

もし不適切な医療行為をしてしまったら?

 

言うまでもないことかもしれませんが、事業者が、違法だと知りながら介護職員に対して違法な医療行為を強いていたり、やらざるを得ないような就労環境たったために利用者の健康や生命に危険が及んだ場合は、事業者には刑事責任、民事責任、および行政責任の3つの責任が問われる可能性があります。

また、利用者や家族からどうしてもと言われ、介護職員が押し切られる形で医療行為をしてしまったり、知識がないために自己判断で不適切な医療行為をしてしまった場合なども、事業者の管理監督不足として責任が問われる可能性があるため注意が必要です。

 

そして事業者だけでなく介護職員個人として刑事責任や民事責任を問われることもあり得ます。

実際、インスリン注射を介護職員に行わせていた事業所の施設長や介護職員等が書類送検された事件も過去にありました。

 

事業者がすべき対策は?

 

上記のようなリスクを避けるために事業者は日頃から対策をとることが重要です。

例えば以下の対策が考えられます。

・介護職員に対して、法令遵守や業務範囲に関する教育・研修を定期的に実施する

・業務手順書などのマニュアルを作成する

・医療行為を必要とする場合は、看護師や医師との連携を強化し、医療従事者が対応する体制を整える

・医療行為か判断に迷った場合の相談先(医師や医療機関等)を決めて介護職員へ周知する

・適切な管理監督体制を確保し、介護職員が業務範囲を超えた行為を行わないように注意を払う

・利用者本人やご家族に対して、介護職員ができること・できないことを説明し必ず同意を得る

 

さいごに

 

医療行為と介護の境界は時に非常に曖昧です。ゆえに、本人にそんな気はなくても違法な医療行為を介護職員が行ってしまうことも充分に起こり得ます。

 

行政書士である私も、介護職員は喀痰吸引等の研修を受けていたが、都道府県からの認定が下りる前に経管栄養を行っていたことが運営指導で指摘され、改善を求められたというケースも聞いた経験があります。

 

事業者は、介護職員へ正しい知識を身に着けさせ、対応に困った場合は必ず医師や看護師に報告や相談することを徹底していただければと思います。

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