はじめに
令和6年、障害者のグループホーム(共同生活援助)を全国展開していた「株式会社恵(めぐみ)」が、利用者からの食材費の過大徴収や不正請求などを理由に指定取り消しなどの行政処分を受けました。
不正発覚の発端となったのは愛知県内の事業所でしたが、不正への組織的な関与が認められたことから、「連座制※」が適用され、恵が運営する全国の事業所に対して行政処分が行われる事態に発展しました。
全国規模の事業所での不祥事であったことから、ニュース等で耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
今回注目するのは、食材費の過大徴収行為が「人格尊重義務違反」にあたるとして行政処分がされた点です。
以下では、事件の経緯とともに、なぜ食材費の過大徴収が人格尊重義務違反となったのかを法制度の観点から解説し、障害福祉事業者が今後取るべき対応を整理します。
※障害者総合支援法における連座制とは、一事業所等の指定取消において、その取消の理由となった事実について、組織的な関与が認められた場合、その事業者が運営する同一サービスの他事業所等の新規指定や更新の拒否などにつながる仕組みをいいます。
問題となった「食材費の過大徴収」とは?
共同生活援助では、食材費や家賃等は給付費から出ず、利用者から徴収することが認められています。
(利用者負担額等の受領)
第二百十条の四 1~2項 省略3 指定共同生活援助事業者は、前二項の支払を受ける額のほか、指定共同生活援助において提供される便宜に要する費用のうち、次の各号に掲げる費用の支払を支給決定障害者から受けることができる。
一 食材料費
二 家賃(以降省略)
三 光熱水費
四 日用品費
五 前各号に掲げるもののほか、指定共同生活援助において提供される便宜に要する費用のうち、日常生活においても通常必要となるものに係る費用であって、支給決定障害者に負担させることが適当と認められるもの4~5項 省略
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成十八年厚生労働省令第百七十一号)
ですが、その徴収額はあくまでも実際にかかった費用(実費)に即したものである必要があります。
しかし恵では、利用者から食材費を水増しして徴収し、それを法人の売上として計上していました。
そして、利用者から徴収した金額に対してはるかに低い額で食事を用意し提供。その食事内容はかなり粗末なもので、入居してから体重が減ってしまった利用者もいたようです。
結局、全国104ヶ所の共同生活援助のうち、77ヶ所で過大徴収をしていたとされ、過大徴収していた総額は2.9億円にものぼりました。
参考:厚生労働省|株式会社 恵めぐみの不正行為等への対応について
人格尊重義務とは?
障害者総合支援法第42条3項では、事業者に対して「利用者の人格を尊重すること」が義務付けられています。
また基準省令では以下の条文があります。
(指定障害福祉サービス事業者の一般原則)
第三条 1項省略2 指定障害福祉サービス事業者は、利用者又は障害児の保護者の意思及び人格を尊重して、常に当該利用者又は障害児の保護者の立場に立った指定障害福祉サービスの提供に努めなければならない。
3 指定障害福祉サービス事業者は、利用者の人権の擁護、虐待の防止等のため、必要な体制の整備を行うとともに、その従業者に対し、研修を実施する等の措置を講じなければならない。
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成十八年厚生労働省令第百七十一号)
このように障害福祉事業者は、どんな障害福祉サービスであっても、事業者として利用者の人格を尊重する姿勢を持ち、人権擁護や虐待防止等のために従業員へ研修などを通じて教育することが義務付けられています。
キーワードは「経済的虐待」
では、食材費の過大徴収が人格尊重義務違反にどうつながるのでしょうか。
ポイントとなるのは障害者虐待防止法における「経済的虐待」です。
障害者虐待防止法では、「経済的虐待」を次のように定義しています。
恵のケースでは、利用者や家族に対し、徴収額の計算根拠を示さず、不適切に高額な金額を継続的に請求していた点が、「本人の同意を欠いた不当な金銭徴収」に当てはまるとされました。
経済的虐待は、利用者の財産権を侵害するだけでなく、その人の尊厳や自己決定権を無視する行為です。
事業者が不当に金銭を徴収することは、利用者の意思を軽視し、人格を尊重しない姿勢と受け取られ、結果、経済的虐待であると同時に、人格尊重義務違反としての処分対象となったのです。
※虐待防止法についてもっと詳しく知りたい方はこちらの記事をご参考ください。
事業者がとるべき対応
本件を受けて、障害福祉サービス事業者が取り組むべき対応は以下のとおりです。
① 徴収費用の「妥当性」と「根拠」を明確にする
利用者から徴収する食費、光熱費、日用品費などは、実費を基本とし、利用者や家族等に詳細な内訳や計算根拠を示すことができる体制を整える必要があります。
例えば福島市では、実費の計算方法についてガイドラインを示しています。
福島市健康福祉部福祉監査課|共同生活援助における利用者負担額等の取扱いについて
ただし、自治体により考え方が異なる場合があるため、必ず指定を受けた自治体の障害福祉課へ確認をお願いいたします。
また、恵の不祥事を受け厚生労働省は「グループホームにおける食材料費の取扱い等について 」という通知を出しました。
この文書内に以下の記載があります。
なおもちろんこれは食費だけではなく、光熱水費や日用品費においても同じ考え方です。
② 虐待の防止・早期発見の体制強化
食費の過大徴収など、見えにくい形での経済的虐待の可能性にも目を向けることが求められます。
従業員への研修や内部通報制度の整備、定期的な自己点検などを行い、法人として「虐待は見逃さない」という明確な姿勢を示すことが必要です。
そもそも虐待防止に関する研修や指針の整備、責任者の選任は義務付けられているので、できていなければ運営指導などで指摘される可能性も大いにあります。
③ 法人本部によるガバナンス強化
特に複数の事業所を運営されている法人においては、今回のように「一部の事業所の違反」が法人全体に波及するリスクをふまえ、法人本部による監査・支援体制を強化することが不可欠です。
特に以下のような仕組みづくりが求められます。
・各事業所の実費徴収の内容を定期的に点検
・行政などから重大な指摘があった場合、速やかに再発防止策を法人全体に展開
・マニュアルや職員の教育体制の整備
さいごに
いかがでしたでしょうか。
利用者の生活と尊厳を守ることは、福祉事業の根幹です。
経済的な透明性や説明責任を軽視すれば、重大な法令違反とされる可能性があります。
本記事が、自法人の体制を見直し、「説明できる運営」「納得してもらえる徴収」を徹底するきっかけになれば幸いです。